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nihonmaskシリーズ 和紙布。それは、 循環するものづくりへの第一歩。

和紙から糸へ。糸から布へ。そして、布から mask へ。
素材たちがバトンをつなぐように姿形を変え、
そこに人の手が加わることで生まれたのが
「nihonmaskシリーズ 和紙布」。
今回は、「 nihon maskシリーズ 和紙糸の布」製作に携わった
ファッションデザイナーの浜井弘治(はまいひろし)さんと
大分県に工場を構える縫製工場
有限会社竹田被服の専務取締役 大塚雄一郎(おおつか ゆういちろう)さんに
その 製作秘話と追い求めるものづくりについてお聞きしてきました。

バトンをつなぎ、和紙が布となるまで

―「nihon maskシリーズ 和紙布」に使われている布は、和紙でできた糸で織られていますこの布は、何十年も前から浜井さんが開発されていたもので、今回のnihon maskシリーズでは、余っていた和紙布を譲り受けることで実現しました。
まずは、浜井さんが和紙や和紙糸に興味を持つようになったきっかけからお聞きしていきたいと思います。

浜井弘治さん(以下、浜井):和紙糸の元になる和紙の魅力は、日本人の知恵や技術を過去で終わらせることなく、未来に思考している点だと思います。まさに、知恵と機能の素材だといえるでしょう。湿気ある夏に水分を吸収し、乾燥期の冬に水分を吐き出す。和紙が呼吸をすることで、快適な空間をつくっているのです。「和紙」と聞くとどうしても古いイメージが付きまといますが、こうした機能を備え、人々の暮らしを支えてきたことを考えると、未来における新たな素材ともいえるのではないでしょうか。そんな和紙を衣服にも取り入れられないかと考えるようになり、和紙糸に興味を持つようになりました。

―なるほど。そこから実際に和紙糸や和紙布を開発することになるまでは、どんな出会いがあったのでしょうか。

浜井:まず、和紙を糸にするべく糸をつくる撚糸(ねんし)工場を探しました。ただ、すでに廃業されている所が多く、ご依頼できる会社さんがなかなか見つからない状態で。そんなとき、やっとの思いで見つけたのが、備後撚糸株式会社の光成明浩さんという方だったんです。
実は、時を同じくして備後撚糸さんも和紙糸の開発に取り組んでおられ、ともに開発をしていくことになりました。そこから、和紙糸の開発を進め、約20年以上の開発期間を経て和紙糸が完成しました。和紙糸の特徴は、なんといっても、軽くて吸水性に優れている点です。綿の三分の一の重さしかなく、吸水性は綿の10倍にもなります。

―和紙糸ができるまで20年以上もかかっていたとは、驚きです。糸が完成し、布にはどのようになっていったのでしょうか。

浜井:そうですね。さらに和紙糸の開発を進めていくことで発見したのが、「和紙糸は弱いから切れるのではなく、縦に伸びないから切れる」ということだったんです。この発見から、和紙糸とポリエステルを合わせて撚った糸の開発にこぎつけました。そして、この糸で布を織ることができないかと今度は、シマダテキスタイル株式会社の嶋田誠一さんにご依頼をしたんです。ただ、最初は「これまで、いろんな会社が和紙糸を持ち込んで来たが、織れたためしがない。やりたくない!」と断られてしまって。でも、何度も何度もお願いをし、試しに織ってもらえることになったんです。そしたらなんと、織ることができたんですよ。
これは、全員が驚きでした。

互いの経験と技術が合わさり、形となったマスクとポーチ

―「nihon maskシリーズ 和紙布」の製作に携わった、有限会社竹田被服の大塚雄一郎さんにもお話をお聞きしていきたいと思います。和紙布でマスクを制作するにあたり、どのように進められていったのでしょうか。

大塚雄一郎(以下、大塚):浜井さんとは、meetoomaskプロジェクトがきっかけで出会いました。プロジェクトのメンバーでどんな生地がよいのか話し合っていたときに、浜井さんから「和紙の布を使ってはどうか」と提案してもらったんです。機能面なども含めて問題なさそうだったので、和紙の布でつくってみることになりました。

浜井:生地をお渡ししてからマスクになるまで、すごく早かったですよね。多分、3日くらいで完成していたんじゃないかな。人によって個体差があるので、ひとまずはフリーサイズでつくってもらっています。

大塚:そうですね。前にもマスクをつくったことがあったので、型はあったんですよ。ある程度、要領もわかっていたので、比較的早く完成したんだと思います。あと、和紙の布だから特別どうということはなかったですね。初めて触ったときは、少しボロボロする感触ではあったのですが、それは綿など他の布でもあることです。あまりにもボロボロしたものだと、縫製するときにほつれやすいのですが、やってみると得にトラブルもなくできました。

―浜井さんが持っておられた和紙布と竹田被服さんの縫製技術が合わさり、マスクができたのではないでしょうか。
クラウドファンディング(https://motion-gallery.net/projects/meetoomask)で購入された方にマスクを郵送する際も、オリジナルのポーチに入れて郵送されるそうですね。

大塚:うちの工場で余っていた布を使ってポーチをつくり、そこにマスクを入れて郵送することになっています。このポーチについては、浜井さんにもお手伝いいただいたんです。

浜井:別の取り組みにはなりますが、以前から四角い生地を折りたたんでバックにする「Origami Sewing ミシンを使わない新しい洋裁」という取り組みをおこなっています。折り紙のように折るだけで、バックができるというものです。ミシンで縫うことが大変な作業でもあるので、もっと簡単にできないかと思って始めたんですね。今回については、OrigamiSewingのデザインを用いて竹田被服さんにポーチをつくってもらいました。

大塚:マスクしかりポーチしかり、浜井さんから受け取った素材やデザインを取り入れながら形にしていきました。

未来につなぐ、循環するものづくり

―かつて共同開発されていた和紙布の余りをマスクにし、縫製工場にある余った布をポーチにする。2つともが「リユース」の視点でものづくりがされているなと思いました。

浜井:新卒で「みやしん株式会社」という会社に就職したのですが、そこで働いているとき、量産品をつくる際にどうしても残糸や残反(余りの糸や布)が出てしまうことに気付いたんです。最後には、不良品として処分されてしまいますが、それをどうにかできないものかと考えていたことがありました。そんなとき、ある軍手屋さんの工場にお邪魔する機会があったんです。そして、そこでつくっていたのが残糸を使った軍手でした。

大塚:うちでも余った布をクッションにしたりしていますが、残糸で軍手ですか。それは、面白いですね。

浜井:面白いですよね。軍手ができたときに思ったのが、素材も色も統一されていない残糸から大量生産の一点物ができるんだって思ったんですね。残った糸をつなぎ合わせることで、量産品なのに違うものができていく。そのことに魅力を感じ、ある意味でものづくりの未来、新たな形を感じたんです。

大塚:ものづくりの未来、なるほど。量産品をつくる際は、ちょうどのサイズではなく、ある程度幅を持たせてつくるのでどうしても余る部分が出てきてしまいます。それをふまえると、ある意味で必要なものとして出てくるのかもしれません。

浜井:要するに、一つの産業が生まれていますよね。残糸から軍手をつくるという産業が生まれているんです。大量生産の中で、ある意味必要として出てきた残糸が不必要なものとなり、それを活かそうと産業が生まれたことで軍手ができた。そういったところに未来を感じるんです。

―ものが循環していくサイクルの中に新たな仕事が生まれ、人が関わっていく。お話をお聞きしていて、そのようイメージをもちました。

大塚:もったいないの精神かもしれないですが、余ったから捨てるのではなく、余ったものをどう活かしていくか考えるってことですよね。でも、再利用はされるけど、周っているわけではないのかなと思いました。余ったもので新しいものをつくったはいいですけが、その先が廃棄になってしまうのではないかなと。残糸から軍手をつくったとしても、軍手を使い終わった後は結局燃やされてしまう。そうではなくて、使い終わった軍手がさらに分解されて土に還り、そこから綿が育つ、というように循環していく仕組みがつくれれば良いのかなと思っています。

浜井:大塚さんが言われたことが実現できればいいですね。不要なものが別のものになり、使えなくなるまで使って、最後は土に還る。そこまでデザインすることができれば、未来につながっていく気がします。残ったものの次を考えていくことが重要ですね。そこを考えることで循環する社会を築き上げれるのではないでしょうか。

あとがき

みやしん株式会社、株式会社三宅一生デザイン事務所など名だたる企業で働いてこられた浜井さん。そして、高い縫製技術をもつ竹田被服・大塚さん。このお二人がどのような想いでものづくりに取り組んでおられるのか、その根幹のようなものが垣間見えるお話でした。

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  • 浜井 弘治 / Hiroshi hamai監修

    株式会社うるとらはまいデザイン事務所代表取締役。1985年、文化服装学院アパレルデザイン科卒業後、東京八王子にあるテキスタイルメーカー「みやしん株式会社」に入社。
    1987年、第61回装苑賞を受賞。株式会社三宅一生デザイン事務所に服飾デザイナーとして入社。1991年、インターナショナル・テキスタイルデザインコンテスト「ファッション振興財団賞」受賞を期に独立し、有限会社浜井ファクトリーを設立。

  • 大塚 雄一郎 / Yoichiro Otsuka有限会社竹田被服

    昭和45年に創業し、竹田市の城下町で服を作り続けてきた竹田被服。現在は2代目の社長の元、ITエンジニアとして働いていた専務が東京から家業を継ぐためにUターン。地域住民の雇用や外国人労働者の受け入れを積極的に行い、ワーキングユニホーム及び婦人服の製造を中心に、パターンのチェック・裁断・縫製・仕上げをおこなう。
    http://taketahifuku.main.jp/

  • 西野 愛菜/ Mana Nishinoライター

    京都生まれ京都育ち。学生時代、「想いのしおり」という職人さんの想いを発信するフリーペーパーの代表兼ライターを務める。京都美術工芸大学卒業後、編集者として日々奮闘中。